はじめに
この家系調査を始めた頃、祖父について私が知っていたことは、父から聞いたわずかな話だけでした。
その中でも特に印象に残っていたのが、
「祖父は犬養毅の秘書だった」
「国会議員だった」
という話です。
以前の記事でこの話を調べたところ、後者については少し違っていたことが分かりました。
祖父は国会議員だったのではなく、戦前の衆議院議員総選挙に立候補し、落選していました。
一方、犬養毅との関係については、父の遺品から犬養毅の書が見つかっています。
家族の伝承は、まったくの作り話ではない。
しかし、長い年月の中で少しずつ形を変えて伝わってきたのではないか。
当時は、そんな結論に至りました。
ところがその後も祖父について調べ続けていると、思いがけないところから新しい史料が見つかりました。
しかも、現在私が暮らしている地域にゆかりのある人物の史料からです。
そこには、これまで知らなかった若き日の祖父の姿が残されていました。
なぜ、今住んでいる土地で祖父を調べたのか
祖父が暮らしていた地域と、現在私が暮らしている地域は離れています。
そのため、家系調査を始めた当初、現在の居住地に関係する資料から祖父の名前が見つかるとは考えていませんでした。
しかし、祖父と関係があったと伝わる犬養毅について調べていくと、ある人物の存在が気になりました。
陸軍軍人としてだけでなく政治家としても知られる宇垣一成です。
そこで、
「犬養毅と宇垣一成の間に残された資料の中に、祖父に関係するものはないだろうか。」
と考え、宇垣一成に関する史料を調べてみました。
すると、本当に祖父の名前が出てきました。
『宇垣一成関係文書』に祖父の名前があった
最初に見つけたのが、**『宇垣一成関係文書』**でした。
その中に、犬養毅から宇垣一成へ宛てられた文書が残されていました。
そして、そこに祖父の名前が記されていたのです。
文面では犬養毅が祖父を宇垣一成に紹介しており、祖父が郷里の学校に関する用件を持っているので、便宜を図ってほしいという趣旨のことが書かれています。
私が特に注目したのは、その用件そのものよりも、
犬養毅が祖父を名指しして、宇垣一成へ紹介していた
という点でした。
父からは「祖父は犬養毅の秘書だった」と聞いていました。
そして家には、犬養毅から祖父に宛てられた書も残されていました。
それだけでも何らかの関係があった可能性は高いと思っていましたが、今回は家に伝わったものではありません。
祖父とも、その子孫である私とも関係のない場所に保存されてきた史料の中に、犬養毅と祖父との接点が残されていました。
これは私にとって、大きな発見でした。
『墨美』には、さらに詳しい記録が残っていた
そして、もう一つ見つけたのが、書を中心とした美術雑誌**『墨美』**に掲載された史料です。
こちらには、『宇垣一成関係文書』よりもさらに具体的な内容が記されていました。
祖父について、出身地域や大学に触れたうえで、犬養毅が紹介した人物として記録されています。
そして、私が最も驚いたのが、その先でした。
そこには、祖父が**「政界に出て一度志を伸ばしたい」**という希望を持っていたことが記されていたのです。
さらに、政務調査に関係する仕事に加え、将来に役立つ経験を積ませてほしい、という趣旨の依頼も記されています。
この文章を読んだ瞬間、
「ああ、やっぱり祖父は政治家になろうとしていたんだ。」
と思いました。
なぜなら、私はすでに祖父がその後どうなったのかを知っていたからです。
数年後、祖父は本当に国政選挙へ出る
以前の記事で調べたように、祖父は後年、実際に衆議院議員総選挙へ立候補しています。
結果は落選でした。
そのため、父から聞いていた
「祖父は国会議員だった。」
という話は正確ではありませんでした。
しかし、『墨美』に掲載された史料を読むと、その選挙への立候補が突然のものではなかったことが見えてきます。
その前から祖父は政界へ進むことを希望していた。
犬養毅が祖父を宇垣一成へ紹介していた。
そして、その後、本当に国政選挙へ立候補した。
もちろん、この二つの史料だけで、その間に何があったのかをすべて説明することはできません。
それでも、
「祖父はなぜ国政選挙に出たのだろう。」
という、以前の調査では分からなかった疑問について、一つの手掛かりを得ることができました。
祖父にとって国政選挙への立候補は、突然思い立ったものではなく、以前から抱いていた志の延長線上にあった可能性が高そうです。
「犬養毅の秘書だった」は、どこまで確認できたのか
一方、もう一つの家族伝承、
「祖父は犬養毅の秘書だった。」
についてはどうでしょうか。
今回見つけた『宇垣一成関係文書』と『墨美』の史料から、犬養毅が祖父を知っており、宇垣一成へ紹介する関係にあったことは確認できます。
家に残されていた犬養毅の書もあります。
しかし、今回確認した史料そのものには、祖父を犬養毅の「秘書」とする記述はありません。
そのため、
祖父が犬養毅の秘書だったことが確認できた。
とまでは、まだ言えません。
これは大事なところなので、家族の伝承と、史料から確認できた事実を分けておこうと思います。
現時点で言えるのは、
祖父と犬養毅の間には、家族の伝承だけではない、実際の接点があったことを示す複数の史料が残っている。
というところまででしょう。
「秘書だったのか」という問いについては、引き続き調べてみたいと思います。
家族の伝承は「間違い」で終わらせない
家系調査を始めてから、家族から聞いた話と史料が一致しないことが何度かありました。
最初は、
「やっぱり昔話は当てにならないのかな。」
と思うこともありました。
しかし、今回のような経験をすると、少し考え方が変わります。
「国会議員だった」という話は、文字どおりには正しくありませんでした。
しかし祖父が若い頃から政界を志し、実際に国政選挙へ立候補したことは、少しずつ史料から見えてきました。
「犬養毅の秘書だった」という話も、秘書という肩書そのものはまだ確認できていません。
一方で、犬養毅と祖父との接点を示すものは、家に残された書だけでなく、『宇垣一成関係文書』など外部に残された史料からも見つかりました。
つまり、伝承の細部が正確ではなかったとしても、その中心には何らかの事実が残っていることがあります。
以前の記事で感じた、
家族の伝承は、事実を核としながら少しずつ形を変えて受け継がれることがある。
ということを、今回の調査でも改めて実感しました。
遠く離れた土地で、若い祖父に出会う
今回、もう一つ不思議に感じたことがあります。
祖父について調べるために、祖父が暮らした土地へ行ったわけではありません。
現在の自分の生活圏とつながりのある人物の史料を調べていたら、その中から祖父が出てきました。
私は祖父と実際に接した記憶がほとんどありません。
これまで祖父を知る手掛かりは、父から聞いた話や、家に残された遺品が中心でした。
ところが今回、家族とは別の場所に保存されてきた史料の中から、
「政界へ出たいと考えていた若い祖父」
が現れました。
後年の選挙結果だけを見れば、「国政選挙に出て落選した人」です。
しかし、その一行の記録の前には、政治の世界を志し、人から人へ紹介してもらい、経験を積もうとしていた時期があった。
当たり前のことですが、歴史資料に残る「結果」の前にも、その人自身の人生があります。
家系調査をしていると、ときどき史料の中から、こうした**「結果になる前の人間」**が見えてくることがあります。
今回見つけた二つの史料は、私にとってまさにそんな史料でした。
調べるほど、最初の話に戻ってくる
この家系調査は、父から聞いた断片的な話を確かめるところから始まりました。
調べてみると、間違っていたこともありました。
思っていた以上のことが分かった人物もいました。
そして、分からないまま残っていることもたくさんあります。
それでも調査を続けていると、不思議なことに、最初に父から聞いた話へ何度も戻ってきます。
「祖父は犬養毅の秘書だった。」
「祖父は国会議員だった。」
最初は曖昧な昔話でしかなかった二つの言葉。
今では、その周囲に少しずつ史料が集まり始めています。
父がどこまで正確な話を祖父から聞いていたのかは、もう確認することができません。
だからこそ、残された史料を一つずつ集めながら、父が伝えようとしていた家族の歴史を、自分なりに組み立て直していきたいと思っています。
そして今回の調査で、祖父についても、まだ調べられることが残っていることが分かりました。
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曾祖父や高祖父が暮らした土地を訪ね、墓所を探し、地元の図書館で郷土資料を調査。現地へ行ったからこそ分かったことと、行っても分からなかったことを振り返りました。
第7話 先祖が暮らした土地へ──一泊二日の現地調査 - Roots Chronicle
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第9話 ここまでの家系調査で分かったこと(仮)
父から聞いたわずかな記憶を出発点に、祖父、曾祖父、高祖父へ。これまでの調査で確認できたこと、伝承とは違っていたこと、そして今も残る謎を一度整理します。
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